スロット今昔物語

greenz people ロゴ

“経済”ではなく“いのち”を真ん中に、まちを100年先へとつないでいく。藤沢市辻堂の地主・石井光さんが「ちっちゃい辻堂」で入居者と育みたい、小さな安心を積み重ねる賃貸暮らしとは

みなさんは普段暮らしの中で、“100年先”を想像することはありますか? 「1年後くらいは想像できるけど」なんて声も聞こえてきそうですよね。

これからご紹介するのは、100年先のまちの景観とそこに住む微生物から蛙や蝉、空を飛ぶ鳥、すべてのいのちを次世代に継いでいく暮らし。もちろん人も調和し、豊かだと感じる場をつくろうと進んでいる地主さんのお話です。

東京まで電車で1時間弱、神奈川県藤沢市辻堂ではじまった「」という名の村づくり。村といっても、わずか9世帯の賃貸住宅による、本当に“ちっちゃい”暮らしづくり。

地主であり、大家でもある石井光さんは言います。

“パーマカルチャー”や“サステナブル”といった概念よりも「余白」を大事にしながら、いろんな人が一緒にいることのできる賃貸をつくりたいと思っています。

一体どんな賃貸住宅なのでしょうか。春の訪れを感じる2月初旬、まだ一部建設中の「ちっちゃい辻堂」を訪ね、石井さんにお話を聞きました。

石井光(いしい・ひかる)
藤沢市辻堂出身。株式会社・五兵衛代表取締役、一般社団法人EdiblePark湘南代表理事。
東京農工大学農学部地域生態システム学科で生き物と自然の関係を研究する。地元に戻り、”会員制コミュニティ農園EdiblePark(エディブルパーク)茅ヶ崎”の運営や“shareliving縁と緑”の運営など、コミュニティを手がける傍ら、パーマカルチャー、有機農業を学ぶ。現在、“五兵衛の石井家”13代目として大家業を営む。2016年8月、まちの風景を守り、生き物を真ん中にした暮らしの場“ちっちゃい辻堂”を立ち上げる。

生き物、畑、人がゆるやかにつながる暮らしの場

江ノ島など観光地としても知られる海沿いのまち・神奈川県藤沢市。JR辻堂駅から海に向かってまっすぐ歩くこと約13分。通りから一本入った住宅街の一角に、縁側付きの平屋が現れます。

石井さんの祖父が取り壊そうとした平屋を石井さんが友人である大工の木村朋道さんと共にリノベーション。現在はコミュティスペースとして地域の仲間に開いている場所であり、「ちっちゃい辻堂」ではコモンスペースとしても活用 ©︎ちっちゃい辻堂

ここを入り口に、奥に広がるのが「ちっちゃい辻堂」。大家である石井さんの実家である母家を含む約740坪の土地に、戸建の賃貸住宅とアパートが並びます。同じ敷地内には、コモンスペースである一軒家、畑や堆肥場、井戸といった共同で使うことのできる空間も。全体イメージは、こんな感じ。

「ちっちゃい辻堂」のホームページに掲載されているイメージ画 ©︎ちっちゃい辻堂

石井さん自ら掘ったという井戸。農作業時の欠かせない水源です ©︎ちっちゃい辻堂

取材に訪れた2月初旬は、「ちっちゃい辻堂」の暮らしの場となる建物が上棟を終えその姿を少しずつ形づくっているところでした。

平家と2階建てからなる4棟の戸建て住宅の1階には土間キッチンが設置されており、全戸のキッチンは向かい合わせに。暮らしの中で家族以外の人の気配も心地よく感じられる仕掛けになっています。

A棟の模型 ©︎ビオフォルム環境デザイン室

立地内には広々とした私道もあり、行き止まりであるため車の通りが少なく、子どもたちが車を気にせずボール遊びをする光景が目に浮かぶようです。

建物横の私道。住民同士が立ち話する声も聞こえてきそうです ©︎ちっちゃい辻堂

想いが同じではなくてもいい。
ゆるやかなグラデーションの人たちと育む“村”

一見普通の畑付き集合住宅のように見える「ちっちゃい辻堂」ですが、コンセプトブックには、「大地、生き物、みんなでつくるちっちゃい辻堂」というフレーズがあります。

「地球に間借りをしている一員としてできることはちゃんとしたい」という石井さんの強い思いから、コンポストや畑はもちろん、それ以外にも建物と建物の間の通路や駐車場は、コンクリートで固めるのではなく大地が呼吸し、生き物が生息できる土壌環境づくりを実践。土の中の生き物と人が共存できる環境をつくっています。

同じ辻堂で黒松の原風景を未来へ紡ぐ活動をしているクロマツプロジェクトのと共催でワークショップを実施。30cmほど土壌を掘り、そこへ落ち葉、藁、竹炭、石、籾殻燻炭、ウッドチップを重ねる。多孔質な土壌をつくることによって水捌けもよく、微生物も住みやすい環境が整うのだそう  ©︎ちっちゃい辻堂

「自然との共存」というとハードル高く感じる方もいるかもしれませんが、石井さんの発想は決してストイックではなく、どこか力が抜けています。

例えば、エコビレッジというと人里離れて、畑を耕して自給自足をして、という印象もあると思うのですが、そういうことがコンセプトではないんです。

「ちっちゃい辻堂」は、今までの暮らしや働き方を大きく変えずに暮らせる場。地方移住と今までの暮らし方の間になれたらと思っています。まずはここでの暮らしを経験して、「もっと農的に暮らしたい」、「地方移住したい」となる人がいれば、それも良いなと。

想定している入居者像も、とてもゆるやかで余白たっぷり。

ここの暮らしのかたちはまだ決まっていません。ちょっと農のある暮らしに触れることができたり、生ゴミを堆肥にしてみたり、鶏が身近にいる環境だったり、そういうものにピンときた人と対話しながら暮らしを思い描き、つくっていけたらいいなと想像しています。

カリスマ的な存在が中心にいるコミュニティより、想いがまったく同じというわけではないけど続いていくコミュニティの方が、本来の“村”というものに近いとも感じていて。ゆるやかなグラデーションのある人たちと一緒にここを育んでいけたらと思っています

入居者の方々とともに暮らしをつくるという思いは、コンセプトブックの「時間が経てば経つほど心地良くなっていく場所」という言葉にも表れています。

今の暮らしの多くは時間を消費して、使い捨てていく暮らしだと僕は思うんです。消費に依存した社会は、暮らしに利便性や合理性を求め、やがて同じような店や施設が建ち並び、同じようなまち並みができあがってしまうと感じています。

でも本来は、地域の環境や文化に寄り添った景色が広がり、そこに準じた暮らしの在り方が続いていくものだと思います。そんな、場と調和する暮らしは心地よく、自然と受け継がれていく。「ちっちゃい辻堂」はみんなにとってそんな場所になってほしいと思っています。

石井さんが見据えているのは、100年先の辻堂のまちの、こんな風景。

コンセプトブックのイラスト「未来ガイドマップ」©︎ちっちゃい辻堂

未来を見据え、まず9世帯の暮らしの場となる「ちっちゃい辻堂」は、2023年3月現在、入居者という名の“村のつくり手”であり“村民”を募集中です。

自分の内にあった社会のレールから外れるということ。
そして辿り着いた自分の生きる意味

今、まさに動き始めた「ちっちゃい辻堂」。先祖代々から続く土地を13代目として継いだ石井さんですが、実は「地主が嫌だった」と笑います。

大学では生物の生態や自然との関係を学び、修士課程でも研究を続け、就職を目指していたという石井さんが“100年先”を考え生きるに至った理由はどんなものだったのでしょうか。

僕の地元への愛着は、お祭りの存在が大きいです。ここから二軒先に諏訪神社があるのですが、毎年7月26、27日がお祭りで僕の誕生日が28日なので小さいころから僕の中では最高の3日間でした(笑)

祖父が諏訪神社で神主をしていた時期もあって、幼少期から夏になると公民館に行ってお囃子の練習をして祭りに出るのが楽しかった。それが僕の原点です。

辻堂諏訪神社。平治年間(1159年)建立。(諸説あり)鎌倉時代前後は「武勇の神」として祀られていたという歴史も

その後中学・高校・大学へと進学していく中で、一時は地元から遠のいたこともあったそう。

大学のころ、ちょっと離れた時期もありました。僕が抜けている時期も同級生はお囃子を子どもたちに教える立場でコアに関わっていて、若干後ろめたい気持ちを抱いたことを覚えています。

大学院の修士課程に進み、奄美大島で森林伐採とカエルと虫の関係性を研究していた石井さんですが、修士1年目の夏、大きな転機が訪れます。緩やかなカーブの下り坂で誤って急ブレーキを踏んでしまい、車が横に4分の3回転。幸いほぼ無傷だったとのことですが、大学の規定により車を使えず、研究が続けられなくなったと言います。

車を使わない研究も模索したのですが認められず、研究も再開できませんでした。修士2年は研究の中間発表の時期でもあり就職活動もあるのですが、研究が進まないので両方できない。途方に暮れました。

それまでは、良い中学、良い高校、大学。同期は大きな企業に就職したり、国家公務員になったり、自分もそんなレールに乗ってきたつもりでした。

でも突然レールが消えてしまい就職活動もできない。だからといって退学する勇気もない。

「とにかく自分の時間が必要だった」。当時をそう振り返る石井さんは、大学を休学してロンドンに行きます。

語学留学という体で午前中は学校に通い午後はフリー。博物館や美術館、公園に出かけたり、休みを取ってイタリア、スペイン、フランス、ベルギー、アイルランドなどを巡り、とにかく色々なものを見てまわりました。

9ヶ月という海外の時間の中で、以前から心惹かれていた山崎亮さん(コミュニティデザイナー・ランドスケープデザイナー)のコミュニティ関係の著書もたくさん読んだという石井さん。

そして、ロンドンから帰国後、改めて「自分の家は先祖代々続く地主である」ということを自覚したといいます。

それまで意識したことはなかったけど、うちには土地があり、祖父や母に対して、相続税対策として「マンションを建てましょう」といったセールスが来ていることを知りました。そこで初めて、地元のことや土地を相続する意味について考え始めたんです。

同時にロンドンから帰国すると、同期は社会人3年目になっていて、置いてけぼり感もある中で、何者でもない自分への焦りと不安も感じました。同期のように働きたい、人や社会、地球のためになることをやりたい。でも、自分には家業を継ぐという役目があり、一般的な就職をすることもできず、一方で、祖父の存在もあり自由に土地を扱うこともできませんでした。

焦りと不安の中で探し求めていたのは、「自分が生きる意味」。

地主というと、当時自分の中では不労所得で楽して暮らしているイメージがあって、それが嫌だったんです。実際は地主ってそんなに楽ではないのですが(笑)、なにもしなくて良いよと言われているような気がして、かといってなにをしたら良いか分からなくて。

もっと大変な想いをして暮らしている人たちがいる中で、少しでも余裕がある分、社会や地球が良くなるように動くことはできないかなと思っていました。
パーマカルチャーやコミュニティデザインも取り入れて、自分が好きな地元で生き物たちや地球、お年寄りやこども、みんなが幸せであれるような場をつくることができれば、それは自分の生きる意味につながるのかなと。

地主とは、
「地域の自然と寄り添った暮らしを広げる“土”の人」

自分の生きる意味と向き合う時間の中で、石井さんは自分の心の琴線に触れる物事の現場に足を運び、関わりを持つようになっていったそう。

2016年、地元辻堂に戻ってからはパーマカルチャーを学び、地元のコミュニティ農園の代表を務めながら、就農研修をするなど様々な学びを深めていきました。

僕の感性はずっと鈍っていたと今は思うんですよね。偏差値や数字で測るような世界にいて、他人と比較して、他人からの評価を気にして。
でも、生態学、コミュニティデザイン、そしてパーマカルチャーを学び、自分の中で生き物や自然、人間社会、そして地球が全体的につながっていったといいますか。

大学院の研究においても、さまざまな矛盾を感じていたという石井さん。例えば生き物の研究をする中で保護区をつくりどう管理をすればたくさんの生き物を守ることができるのか模索する一方、生き物を保護をしているから社会が地球を消耗し続けていていいわけではなく、僕らの暮らしももっと変わっていく必要があるのでは、という矛盾を強く感じていたのだとか

大学の研究では生き物や自然のことをメインに考えていましたが、ここ7年ほどは、思考の中の時間軸、空間軸が広がりました。生き物のことだけではなく人間社会も、そして先祖代々から次世代への時間軸まで想像することができるようになった。

人間に関しても、お年寄りの方や障がいのある方もいるコミュニティへと思考が広がっていきましたね。

シェアハウス「ウェル洋光台」を訪れた際、戸谷浩隆さんに「辻堂なら藤沢の障がい福祉施設さんわーくかぐやにいってみると良い」と進められ、実際2年ほどボランティアとして関わった経験も大きかったと石井さん。「それぞれがひとりの人間としてありのままでいられる場所がある」という気づきが生まれたのだとか

そして石井さんは、ある答えに辿り着きます。

代々続く土地を継いでいくことは地域コミュニティとの付き合いも金銭的にもすごく大変です。土地という補償はあるけど、相続税も決して安いものではないし、なにかしようとすると周りの目もある。やることはたくさんあって、決して楽ではない。

でも、そこも受け止めて風景を取り戻していこうと決めました。地主という立場だからこそできることとして、「地域の文化や風景を守ることが地主の役割だ」と自分の中で再定義して、ある種覚悟を持って辿り着いた生き方。それが、「地域の自然と寄り添った暮らしを広げる“土”の人」として生きることだったんです。

競争社会での経験、生き物や地球との向き合い方への違和感、そして、自分の生きる意味を見つめ直し、現在の道を選んだ石井さん。揺らぎながら歩んできたからこそ、その眼差しは今、100年先を真っ直ぐ見つめているように感じました。

経済ではなく、いのちを真ん中にした暮らしをつくる

「地域の自然と寄り添った暮らしを広げる“土”の人」として「ちっちゃい辻堂」をつくり、育てていく石井さんですが、気になるのはやはり、お金のこと。

「ちっちゃい辻堂」の土地を継ぐために必要な相続税を思い切って伺ってみると、「祖父が亡くなって10ヶ月以内に現金で1億円です。よくわからないほど大きな額ですよね(笑)」という答えが。

現在の日本の法律では、亡くなった方の土地を相続するためには、10ヶ月以内に相続税を現金で納めなくてはなりません。立地や条件によってケースは様々ですが、高額な相続税を短期間で用意することができず、やむなく土地を手放すという選択をする方も少なくないそうです。

また、超高齢社会の今、先祖代々受け継がれた土地を所有する方が亡くなる前に、相続税対策として、マンションを建てる等の土地活用もありますが、経営トラブルが増えていることも社会課題となっています。

相続税は、特定の人が土地を持ち過ぎないために必要な制度であることもわかります。でも土地を活かして社会に貢献したり、地球に寄り添った豊かな暮らしを実現させようとすると、かなりきついのが現実です。

うちの場合、祖父の代で土地を現金化していたお金を支払い、残りは借金にして長期の返済に切り替えました。これには賃貸経営をちゃんと軌道に乗せて返済していくという前提がありますが、そこだけを見つめるのは僕は違うと思っていて。

経済だけを見つめない。石井さんが地主として真ん中に見据えているものとは?

僕が土地を継ぐ意味の真ん中にあるのは、やっぱり生き物なんです。小さい頃からカエルやトカゲ、ヘビといった生き物が好きで、庭でもたまに出会ってほっこりしてたといいますか(笑)

「庭に訪れる鳥の種類が多いほど人は幸せ」というがあるのですが、僕も地球や生き物を真ん中にした暮らしこそが豊かかなと感じるんです。

(※出典)Lauren Hepburn, Adam C. Smith, John Zelenski, & Lenore Fahrig (2021) Bird diversity unconsciously increases people’s satisfaction with where they live. Land, 10(2), 153.

地球や(人間も含めて)生き物といった“いのち”を真ん中にした暮らしをつくる。辻堂のまちを、そんな地主さんがたくさんいるまちになったらいいなと石井さんは語ります。

でもそのためには、経済を中心に考える地主さんの意識のシフトが必要です。そこにはかなり高いハードルがあるように感じますが、例えばどんな方法論を示せば、思考が変わるきっかけになるのでしょうか?

「ちっちゃい辻堂」としては、辻堂の地主さんであるならこういうやりかたもあるよという実例として示していけたらいいなと思っています。「畑や鶏をつけると家賃があがるよ」みたいな(笑)

もし、土地があり、想いがあってもそこに住めないという状況であれば、地域の想いのある人にバトンタッチするなど、所有の概念を変えていくことも必要かなと感じています。

photo by 奥田正治

“想いのバトンタッチ”の実例として、石井さんが尊敬するという世田谷の地主である安藤勝信さんの話を聞かせてくれました。

安藤さんがどうしても土地を売らなければならなくなったとき、プロポーザル方式で不動産会社など50人ほどを募り、「この土地にはこういう歴史、想いがあってそれを次世代まで継いでいきたい」とプレゼンをしたそうです。

売り先として決まった事業者は、土地と土地の間には壁をつくらず、共用の空間をつくり、両者にとってハッピーなバトンタッチをした。結果として、住む人々の安心や暮らしの質の向上にもつながりました。

“所有”より、“共有”の概念をやんわりと入れることで生まれる家賃以上の豊かさや価値を、地主の方々が見出してくれたらいいなと思うんです。

「ちっちゃい辻堂」上棟式の光景。農家仲間の「」こと、谷口齋隆さんら協力のもと、ご近所も集まってお餅と駄菓子まき。「昔はよくやったのに今は珍しいので嬉しい」と大工さんも笑顔だったそう photo by 奥田正治

ちっちゃい安心が積み重なるまちは、
すべての“いのち”にとって幸せなまち

なんだか辻堂は井戸や家庭菜園が多いよね?ってまち全体に広がっていったらおもしろいですよね。そしてそれが日本の各地、世界の各地に広がっていったら。そもそも地球に境界線なんてないですよね。

と未来を語る石井さん。

石井さんのように地主ではなくても、地球に暮らす私たちひとりひとりが、100年先を想像する感受性をもってこれからの暮らしをつくっていければ、そんな未来も実現していきそうです。たとえ「ちっちゃい辻堂」で暮らすことができなくても、できることはあるのでしょうか?

奄美大島「大浜海浜公園 」からの光景。「奄美での車の事故は、人生を大きく変えるきっかけであり辛い時もありましたが、とても感謝しています。今でも大好きな土地です」と石井さん phoyo by 石井光

シンプルに、空を見上げたり、海を眺めることかもしれないですね。時間軸と空間軸を自分の中でどう広げるか。それは自然と共にあることで誰もが感じると思うんです。

また、人間が自然をコントロールできないことを知ることも大事だと思います。例えば、食とリンクしている畑はわかりやすいですよね。

石井さんが代表を務める「会員制コミュニティ農園・EdiblePark茅ヶ崎」の日常のひとこま。photo by 奥田正治

空を見上げること、海を眺めること。改めて人も地球の一員であることを感じること。そんなシンプルなことからはじまる暮らしへの意識改革と実践が増えたら、まちはもっとおもしろくなっていきそうです。

記事の最後に、印象に残った石井さんのメッセージをみなさんに贈ります。

僕は辻堂という小さな単位からイメージを広げることが適正な気がしていて。「小さい」って大事なキーワードで、小さな安心感が積み重なっていけばいいと思います。

災害で食べ物がなくなっても畑にとりあえず野菜があるとか、ここに来れば暖が取れるとか。そういう小さな安心が積み重なったまちは人や生き物、すべての“いのち”にとって幸せなまちなんじゃないかなと思います。

コモンスペースの縁側で石井さんご家族を記念撮影。家族の暮らしもまた「ちっちゃい辻堂」とともに紡いでいきます

「小さな安心が積み重なったまちは幸せなまち」。

私はこの言葉がとても印象的でした。畑には食べ物があり、小さな困りごとも誰かがいると心強く、乗り越えていけることもある。

100年先、お金で食べ物を買うことはできないかもしれない。
100年先、どんな災害が起こるのか、気候変動はどれだけ地球に変化をもたらすのか明確にはわからない。

そんなことを想像してみると、経済だけではなく、いのちを真ん中にする暮らし方には安心があり、とても豊か。小さな村づくりは未来の暮らしにつながっているのだと、深く感じた取材でした。

あなたの心になにか触れるものがあったら、まずは空を見上げてみませんか?地球で暮らす一員であることに立ち返ったとき、見えてくる一歩があるのかもしれません。

物件の詳細、お問い合わせ先

・ちっちゃい辻堂 
・ビオフォルム環境デザイン室・物件紹介 
・会員制コミュニティ農園 EdiblePark茅ヶ崎 

(編集:池田美砂子)
(撮影:大塚光紀 Photo Office Wacca)